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長月の政変

essay — enjoji.yasujiro @ 8:02 PM

ここ一週間くらい仕事が忙しくってブログを書く暇がなく今更ながらフクダ君の突然辞任の話ですけど、ちょうど去年の9月にアベくんが「登校拒否」で辞任しちゃったのと違って、今回のフクダ君の場合は一応「(本丸の自民党ないし森(福田)派)を守るための辞任」というフクダ君なりの哲学があって辞任したのだろうなーというのは、ロバートフェルドマンもWBSとかブルームバーグテレビジョンとかで「ライバルの(最近党の支持率が落ちている)民主党が弱っている今のタイミングで次の選挙に勝つために交代したのではないか?」ともコメントしてたし、youtubeの「あなたとは違うんです(怒)」な会見動画を見て僕もそう感じました。

ていうかそんなにフクダ君、ネットのニュースの記事を読んだほどには全然逆キレしてないじゃん。


これは前から自分は言うますけど、自民党のマニュフェストというか政治哲学は平たく言うと「総裁内閣総理大臣を自民党総裁(ないし自分の派閥のボス)から輩出するために政権与党として存在する」であって、もうそれは戦後から21世紀になった今でも本質では全然変わってなくって、それ故にフクダ君も、ちょうど米メジャーリーグのレッドソックスの岡島みたく「セットアッパー」で短い回をつないでいく感じ?で、今自分が総理を辞めても総理大臣が自民党からこれからも出ればOKよみたいな感じで本体の自民党を守りにいった行為で全然つじつまはあってると思う。まあそれって外国人とか海外の目線ではアンビリーバボーな感じなのだと思うけど。一応自民党の論理とかでは今回の辞任もとても自然な行動だと思う。去年のアベ君の辞任は完全に本人の「登校拒否」でただの「やめたくなったからやーめた」の子供の感覚で辞めたのと、フクダ君の辞任はちょっと違うのではないかなー。

そうそうアベ君といえば昨日誰かが言うてたけど、アベ君の「職を賭してうんぬんかんぬん」という記者会見を見てて、「ああアベ君はやっぱり戦後生まれよのう~」と思ったそうな。戦前生まれの総理だったら身命を賭してって言ってたのに戦後生まれのアベ君は自分の命を賭けずに総理大臣のイスだけしか賭けないところが、戦後生まれの育ちのよさが出ちゃったと感じ訳で、そういう意味ではアベ&フクダ君コンビで日本の総理大臣のイスも軽くなったといえばそうなのかもしれないけど、それにしても批判する野党もあれだねー。今まで散々総理ヤメローとか解散総選挙を狙っていたのに、いざフクダ君が突然辞めるとなったら「無責任だ」とか辞めることを口撃して、オマエは総理に辞めてほしいのか辞めてほしくないのかどっちやねん?みたいな感じに映るのは自分だけか?いっそのこと「ヤッター!辞めてくれた!これで解散総選挙に突入できるぜ、バンザーイ!」みたいなリアクションのほうが野党のリアリティが感じられて僕的には全然いいんだけど

なので今回のフクダ君辞任のことをもし外国人にストレンジビヘイビアとかジャポンふしぎーとか言われたら、「メジャーリーグでも岡島のようなセットアッパーを次々に投入して回をつないでいくじゃん?これっていわゆるひとつのワンフォーオール、オールフォーワンの精神であって、それのどこがおかしいねん!あなたとは違うんです(怒)」って逆キレ気味に説明すればたぶんOK...だと思うので、みなさんもそのように対処しませふね。いや知らんけど。

とにもかくにもフクダ君の話はこれでおしまい。

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