人は役者、世界は舞台(byシェイクスピア)
なんでもタモリの弔辞が、さも原稿を朗々と読み上げるようでいて弔辞の原稿が勧進帳ばりに白紙であり、でもってその弔辞で「そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。」と述べること自体が、タモリ流の赤塚不二夫へ見せる往年の密室芸をほうふつさせる芸、ギャグなのだという見方にふーんなるほどねそういう見方もあるもんなのねーと思ったのですが、そもそも何もない状態であれだけすばらしいリリック(←って表現していいのかも分からないけど)が出てくるということだけでもすごいよね。
でも僕的には上岡龍太郎が横山ノック返杯の挨拶でみせた、故人を上げているのか下げているのかどっちやねん?ていう感じの(でも全体に故人への愛と親しみを感じる)リリックのほうが好みで言うたら好きかも。ちょっとタモリの上記の見方のような弔辞芸?は僕には高尚すぎるっす。
で話は少し変わるけど、例の中国の北京オリンピックの開会式。口パクで歌う少女とかCGの花火とか少数民族演じる漢民族とかいろんなところでツッコまれていたり、youtubeに口パク少女がばっちり投稿されたりしていますが、中国が国家の威信をかけていろいろがんばったにも関わらず策?を弄しすぎてかえって墓穴とウソくささを助長してしまってイタイ結果になってるというオチも含めてファルス(喜劇)だと思えば開会式も全然見れてしまう自分って、性格ひねくれている?そもそも国威掲揚のためにオリンピック開催というのも半分古典(的ギャグ?)みたいなものだし、そういうのも含めて、オリンピックだと思えば全然ありなのかも?まあ各人いろいろ楽しみ方というものがありますわな。